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2008年5月13日 (火)

『影武者 徳川家康外伝 左近 戦国風雲録』の感想

 タイトルのコミックスは、原作:隆慶一郎、漫画:原哲夫です。ネタバレのことを申し上げますので、ご注意下さい。
 恥ずかしいタイトルですね、ぎゃふん本のくせに! ま、『影武者 徳川家康』では、本人が急死したため、やむなくなり変わった、そっくりさんが、いつ誰に正体がばれるか、ひやひやしながらも協力者を得て太平の世を実現させようとする、というストーリーでした。けれども、終始「ばれたら大変!」と、情けないモードになるゆえに、関ヶ原の合戦で討ち死にしたと言われながらも亡骸が発見されていない、島左近にクローズアップしたのが、こちらの外伝なのでしょう。

『左近』の大まかなストーリーは、石田光成の遺志を継いで、いくさのない世を創るため、島左近は、柳生宗矩を臣下に置く、徳川二代将軍秀忠の野望と闘う、というものです(ぎゃふん本のため、紹介も気合が入りません)。左近もまた、家来の六郎を通じて、風魔一族を味方にし、徐々に柳生VS風魔の剣術VS忍術合戦になっていきます。ま、このへんは時代劇ファンでなくても充分おもしろいでしょう。しかしながら、左近は、制作サイドに何かあったのか、これからまたおもしろくなるぞ、といったところで、ぶっつり切れるようにして終わっています。一応、輝かしい未来はある、という美しい形ですが、あれほど敵対した羅刹衆がなぜ主人公側についたのか、左腕を失った六郎はどうなるのか、あれほど執念深かった秀忠があきらめるなんておかしいと、ツッコミどころは多いです。それも、制作者様のご都合なれば、仕方ないとも思えます。
 しかし、私は『左近』において、どうにも我慢できないことが、三点あるのです。一つずつ、申し上げましょう。
 ①Ⅳで、六郎の妻、おふうが出産して子供を手放そうとしないため、その父、風魔小太郎は「おふうのあほうめ」、祖父の風斎は、「おふうは忍びから女へ そして母親に変わってしまった」・・・・フェミニストの私は、荒れ狂いました。こいつらが(ついに、こいつら呼ばわり)目の前にいたら、私はまないたでブンなぐり、ホースで頭から水をぶっかけて、塩素系漂白剤を浴びせてやりたい。母親が母らしくあって、どこがいけないのでしょうか。さらには、左近まで、おふうを愚か者扱いする始末。まったく、生理的に受けつけられないし、とても許せません。
 ②一々、例を出すのも面倒なのですが、原さん、北斗の拳表現もいい加減にして下さいよ。並外れた体力を有しながら、頭は限りなく悪い、そして、最期は必ず主人公側にズタボロにされる、ブサイクな大男って、ここまでワンパターンが続くと、単なるページかせぎのように思えます。
 ③左近よ、いくさのない太平の世を創りたいのでしょうが。なのに、このいくさは楽しめそうじゃとか、いくさ人としてどうのこうのって、言っているのは、根本から矛盾しているのではありませんか。ま、血が湧き立ついくさと、庶民が苦しむ戦争を同じ言葉で表しているから、まぎわらしいかもしれませんが、もっと明確に区別してほしかったです。こんなのが上司だったら、私はやめますね。
 他にも、「淀君を除いて、女性がろくに描き分けられていない」というのもありますが、疲れてきましたので省略します。
『左近』には、いいところもありますよ。秀忠、柳生宗矩、世良田二郎三郎、柳生兵庫助といった男達の面構えが、実に渋い、かっこいい。一癖も二癖もありそうで、惹きつけられます。それだけに、どうして、おふうをおとしめるのでしょうかねえ(ため息)。どうせなら、くの一同士のセクシー対決という路線もあったでしょうに(もう一度ため息)。
 次は、おもしろい漫画にあたりますように。

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