« 『カノジョは官能小説家』1、2巻の感想 | トップページ | 『総員玉砕せよ!』感想・補足 »

2009年3月27日 (金)

『総員玉砕せよ!』の感想

 相変わらず、ネタバレですから、ご注意下さい。
 実は、このコミックスの感想を述べるのを、かなり避けまくっておりました。反戦漫画なら、『はだしのゲン』が有名ですけれども、『総員玉砕せよ!』(水木しげる・ホーム社発行・集英社発売。コンビニで購入しました)には、夢も希望もありません。30人近い登場人物は、すべて軍人で、それぞれ名前や階級がありますが、バイエン支隊は全員「玉砕」、つまり死亡するのですから。彼らの名前も人生も、戦争にあっては記号程度でしかないわけです。

 あらすじも、すでに述べてしまいましたね。私はこれを読んで、「あーあ、今度の原稿をやろうとしてたんだけど、玉砕したなあ」とか、「玉砕」という言葉を冗談でも使えなくなりました。
 いくつか、印象的なシーンを挙げましょう。腹部を撃たれて倒れた加山に対し、衛生兵が丸山を手伝わせて、「遺骨を作るんだ」と、まだ生きているにも関わらず、小指を切断するところ。虫の息で、一人だけ取り残された加山は豪雨に打たれながら、「おめえたちゃ行ってしまうんか」と、つぶやきます。
 いよいよ、敵(米軍)が上陸し、皆が退却するのを援護して、一人で撃っていた三浦。丸山が心配して声をかけた次の瞬間、直撃され、笑顔のまま、五体バラバラに吹き飛んで即死。
 最初の玉砕失敗の責任を取らされて、自決をうながされ、涙を流しながら最後の一服を吸う二人の将校。私は煙草は大嫌いですけれども、こんな味わい方だけはしたくないです。
 玉砕命令が出ているため、すっかり無気力になった将校達に、軍医は憤激して言います。これら一連の台詞は、実にいい。
「虫けらでもなんでも 生きとし生けるものが生きるのは 宇宙の意志です/人為的に それをさえぎるのは悪です」
(だって、ここは軍隊じゃあありませんか、という反論に対して)
「軍隊?/軍隊というものが そもそも人類にとって最も 病的な存在なのです/本来のあるべき人間の姿じゃないのです/すみ渡る空やさえずる鳥や島の住人のような健全さは どこにもありません」
 しかし、皆の命乞いをしようとした軍医は女々しいとあざけられ、抗議の自決をするしかありませんでした。本来なら、彼こそ生きていてほしかったのに。
 最後の突撃で、生き残った丸山ですが、激しい死の恐怖にさらされ続けたせいか、半ば正気を失って、大声で歌ったところ、米兵に見つかり、射殺されます。断末魔にある、彼のモノローグは涙なしでは読めないものです。
「ああ/みんなこんな気持ちで死んで行ったんだなあ/誰にみとられることもなく/誰に語ることもできず・・・・ただわすれ去られるだけ・・・・」
 徴兵された何百万もの軍人は、きっと同じ言葉を繰り返したことでしょう。
 そして、丸山の言葉どおり、累々と横たわる死体はやがて、誰のものともわからない、白骨となってしまうところで終わっています。
 まったく、言葉がうまく出てきません。戦争とはかくも病的であるものかと、再認識させられると同時に、太平洋戦争時の日本の軍隊のシステムの恐ろしさを感じ入ります。
 本当に、体験者でなくてはとても描けない、凄絶な作品です。

| |

« 『カノジョは官能小説家』1、2巻の感想 | トップページ | 『総員玉砕せよ!』感想・補足 »

アニメ・コミック」カテゴリの記事

コメント

この作品はまだ読んでいませんが、私の叔父はニューギニア東部戦線で同じように虫けら同然の死を遂げています。戦死公報で昭和20年3月死亡と知らされ、それが戸籍簿に記載されているものの、病死か餓死かも不明です。祖母は、横井庄一さんや小野田さんが帰還したことで、息子(叔父)も生きて帰ってくると信じてこの世を去りました。玉砕とは戦争を机上で指導した大本営の軍官僚が作った造語であり、消耗品(一般兵士)を潔く敵に突撃させるためのそれこそ「最大のお立て上げ作戦」だったと言えます。靖国神社は元々戊辰戦争の官軍側戦死者を祀った神社であり、敗れた徳川幕府軍や奥州列藩同盟の死者は、一年以上も放置され、犬やカラスに食い荒らされ、腐敗しても埋葬を許されなかった。それがいつの間にか明治新政府の富国強兵策により日清、日露、日中、大東亜の戦死者を「靖国の英霊」として祭り上げ、今も国家神道の正当化を目論んでいる。この歴史的事実を忘れてはならない。作家山岡荘八は、ニューギニアでの戦いを「鬼哭の戦場」と記録している。冒険飛行家リンドバーグも同様にここでの戦いに従軍観戦して「米兵の鬼畜にも劣る殺しぶり」を日記に書き記している。70年前の南太平洋戦線で、大本営のしかつめらしい軍官僚が統帥権の名のもとに、武器食料の補給も一切なく単に精神論だけを持って戦わせたその責任こそ問われるべきだ。玉砕などはただの一件もなく、戦死者は無能で先見性のないグウタラな軍官僚に殺されたのであって、そこをしっかりと語り伝えるべきだと思う。


投稿: 渡部展雄 | 2015年6月 2日 (火) 23時06分

渡辺展雄様、長文のコメント、ありがとうございました。
お身内の戦死ということで、非常に痛ましい内容で、どのようにお返事をすればよいものかと、迷っております。
私の父方の祖父も徴兵され、終戦後に病死しました。
遺品を見る度、あの戦争を、「日本を守って亡くなった」と、美化はもちろん、「仕方がなかったこと」と、さらりと流すのは、断じて許すまいと、決心しています。

そんな痛ましい記憶が再現される8月が、もうすぐやって来ますけれども、『総員玉砕せよ!』はお勧めです。
また、『マンガ水木しげる自叙伝 僕の一生はゲゲゲの楽園だ』を改題した、『完全版水木しげる伝』にも、『総員玉砕せよ!』とほぼ同じ場面があったかと思います。
水木しげるの本は、のほほんとした人物イラストに、リアルで精緻な背景などの描写のコントラストが、独特の味があって、すばらしいです。
もし、渡辺様のお勧めの本がありましたら、またお知らせください。

投稿: 紅林真緒 | 2015年6月 5日 (金) 13時44分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『総員玉砕せよ!』の感想:

« 『カノジョは官能小説家』1、2巻の感想 | トップページ | 『総員玉砕せよ!』感想・補足 »