『4時のオヤツ』の感想
短編小説集『4時のオヤツ』(杉浦日向子・新潮文庫)の感想を申します。ネタバレですから、ご注意下さい。
「新宿中村屋のクリームパン」「長命寺の桜もち」など、有名なおいしいお菓子類のタイトルがついています。それにちなんで、老若男女、様々な立場の人々の人生のさりげない一場面が、二人か三人の対話で表現される、とういものです。すべて、3~5ページで終わる短編で、実兄の鈴木雅也さんのきれいでおいしそうな写真つき。普通の文庫本の厚みですから、私はもっとかかると思っていましたが、会話ばかりのストーリーのせいか、すらすらっと読めてしまいました。
スイーツ好きな地方人にとっては、登場するお菓子達の大半が都内の名物なので、お得な内容かと思います。しかしながら、さして甘いものを好まない都民には、いかがなものでしょうね。
私は読んでいる間ずっと、かの田中康夫さんの名作(迷作?)、『なんとなく、クリスタル』とイメージがダブって仕方がありませんでした。『なんとなく、クリスタル』は、内容はさておき、ブランドや都内のお店、名物に関する注釈が、本来の小説の中味よりずっと多いゆえに、斬新とか手抜きとか、いろいろ言われたそうですね。都民でない私は、やはりツッコミどころ満載で、楽しめました。日本人のブランド志向を、ぐさぐさ突いていると思いましたね。
それで、『4時のオヤツ』も、「めちゃくちゃおもしろい」というには首をひねり、「ま、実用的かも」と、観光ガイドブック扱いしてしまっています。たとえば、タイトルが「チーズケーキ」であれば、読者各自のイメージが湧いてきますが、「りくろーおじさんのチーズケーキ」「カンテGのチーズタルト」では、イメージは限定されてしまいます。有名どころであれば、いっそうその傾向があるのではないでしょうか。
さらに、この作品はお菓子類ではなく、それをめぐる人々の対話がメインです。私は関東の会話に慣れていないせいか、誰がどの話をしているのか、誰は男か女かと、変なところが気になってしまい、疲れました。さりげない、平凡な対話を通じて、人生の深みがにじみ出ている・・・・と、ほめたいところですが、平凡なのは煮ても焼いても、つまらないのです! 小説の醍醐味の一つは、味気ない日常を忘れさせてくれることにあるのに、改めて気を重くさせられるなんて、アリでしょうかね。しかも、こいつら、おいしそうな高級菓子を食べやがって、と、私は意地汚く思いもしました。
それとも、意外とこのお話は後日になって、深い味わいが出てくるのでしょうか? なぜか、私はそうも感じられるのです。
さあ、次の『ごくらくちんみ』もこういう感じなのでしょうか? それでは。
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