『センセイの鞄』の感想
小説『センセイの鞄』(川上弘美・平凡社)の感想を申します。ネタバレですから、ご注意下さい。
この作品を知ったきっかけは、漫画アクションを読んで、その原作であることに興味を持ち、図書館で借りてきたのです。平凡社版ですが、他にも文庫本になっているようです。
あらすじは、おいしいものを食べて飲むことが好きな三十七歳の独身OL、大町月子が主人公で「わたし」という語り手。彼女が、高校時代の国語の先生(恩師というほどではありません)、松本春綱(作中では大方、「センセイ」と表現されています)と、偶然出会い、不器用な恋をしていく過程が、「月と電池」「ひよこ」などの小題のついた十七章で著されています。
なかなか新鮮に感じられた点は、登場する作中の料理や酒の肴が、とてもおいしそう、ということです。私は酒飲みではありませんが、料理名だけで、何度も唾をのみこんでしまいました。
他には、当たり前なのですが、作者の川上さんは、いい言葉を選んで表現しているな、ということです。携帯小説はお好きですか? 私はあれの、突拍子もない設定と雑な文章が、どうにも肌に合いません。淡々とした、冷たいようで底暖かい雰囲気、リズム、もう一度読み返したくなる趣など、久しぶりに小説を読む醍醐味を味わったように思います。
反面、やや感覚が古臭いという感じもします。簡単に出会って即行でホテルへ行くことが珍しくもなくなった現在に、あえて十七章もの過程を用意し、飽きることなく読了させた力量は、やはりこれぞ小説! 私はうなりたくなります。
一つ一つの章は、移り変わる季節に合わせていたり、月子やセンセイの過去のエピソードとつながっていたりと、シンプルなようで奥深い構成になっています。
クライマックスは後半の、「島へ その2」でしょう。月子はセンセイと、二人きりの旅行に出かけます。月子はかなりの酒量を飲んで、「期待するなかれ、期待するなかれ」とつぶやきながら、入浴する。さらに、部屋で一人で横たわりながら。
お腹を撫でる。なかなかになめらかなお腹である。さらに下へ。ほんわりとしたものがてのひらに触れる。漫然と自分でさわってみても、ちっとも楽しいものではない。
と、オナニーのようなことをしながら、夜中に眠れずにいる。そこで、センセイの部屋に行って(二人の部屋は別々)、俳句を読むうちに眠ってしまいます。気がつけば、センセイが添い寝をしていました。月子は動転するものの、センセイの、「ツキコさん、いらっしゃい」の声に誘われて、再びふとんへもぐります。そして、センセイは月子の胸にさわるのでした。
「いい胸ですね」(中略)「いい胸です。いい子だ、ツキコさんは」
しかし、二人の触れ合いは、それっきり。月子は絶望します。絶望しながらも、かもめの鳴き声を聞きながら、深い眠りにひきずりこまれていく、というわけです。
この作品の「あわあわと、色濃く流れる」(「センセイの鞄」より)風情を伝えたいのですが、なかなか難しいようです。
二人の恋の結果については、あえて秘密にさせていただきます。それでは。
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