『殺戮姫』の感想
漫画『殺戮姫(さつりくひめ)』(みさき速・秋田書店)の感想を申します。ネタバレがありますから、ご注意ください。
みさき速さんの、お名前は知ってました。『特攻天女』も数回、読んだことはあると思います。どのあたりの、何というシーンなのだか、とにかく大勢で格闘をやっていましたから、「暴走族の格闘漫画か」と、軽くスルーしましたけれども、アキラとか祥とか、それから主人公の少女? 祥だった? に、ベタ惚れのごつい男とか、記憶にあるということは、印象的だったのでしょうね。今では、私がひいきの下品エッチ系青年漫画誌(世間的には、そうらしいです)、ヤングチャンピオンで、『酒は辛口肴は下ネタ』という、おいしそうな料理と下ネタ満載という、私のツボにはまった作品を描いているということで、ようやく注目してきた作家様です。
『殺戮姫』は、単行本1巻で完結の、短編集です。登場人物は、女子高生、森川流(しんかわ るう。何度、もりかわって読んだことか!)。学園ドラマと恋愛ドラマのフリークで、下宿している、石動王士(いするぎ おうじ)に熱烈アタック中の、一見、天然系美少女。ところが、彼女は人間の悪意の波動のようなものを感じ取り、嫌悪を感じた時、無差別大量殺人鬼へと変貌する恐るべき一面を持っていました。彼女はいつも大きくて指の長い手袋で両手を隠していますが、それを取った瞬間、その長く鋭い爪で人間を引き裂き、貫いて殺します。
石動王士は、流の同級生で、地味で面倒臭がり。ところが、流の殺人衝動を解放したり、制止したりできる唯一の存在。それから、流の兄で、二人の通う高校の保健の先生、荒生。
お話は20ページから50ページ前後の短編3つと、約20ページ×4の中編1つの、合計4つ。どれもこれも、時代や社会を反映している、気分の悪くなるような虐待警官、老人撲殺少年、少女監禁暴行青年、轢殺嗜好者と、むごたらしく殺されても当然だろう、というような連中が登場します。彼らが流や王士と出会い、王士は「いいよ 流」と言って、彼女のリミッターを解除し、流はその長い爪で切り裂いて殺す、というパターンです。2話目の撲殺少年のみ、王士が止めたので負傷しただけですみましたが、残り3話の加害者は、ことごとく流に殺されています。
このお話、シンプルそうでいて、実はなかなか奥深い。ツッコミどころは満載、と言いたいところですが、案外、これ以上の演出や設定はないように思われます。私としては、流や王士の生い立ち、兄妹であるはずなのに、どうして荒生と流は違う姓なのか、など、もっと深く知りたいのに、残念です。唯一、これはちょっと、と思うのは、『殺戮姫』というこのタイトル。王士や荒生が、「あの殺戮姫が・・・・!」「おまえの殺戮姫がお呼びだ」等の台詞はありません。流の純粋無垢さが、姫であるのでしょうが、私のイメージとしては、流は二重人格者でもないし損得勘定や善悪感情、一般的な価値観すらない、ひたすら被害者の苦しみに共鳴し、殺人衝動を起こす、恐ろしい天使なのです。だから、『殺戮天使』か『血まみれ天使』の方が、しっくり来たかも。
当たり前ですが、お話は凄惨なシーンまみれです。血や激痛系が苦手な方には、向いていないでしょう。それゆえに、日常的なラブコメ部分との落差は大きいです。最初、読んだ時は、「要するに、凶悪犯が流の必殺技で因果応報的に始末されるって話の繰り返しか。ワンパだねえ」と思ったのですが(ごめんなさい)、王士や荒生の会話、モノローグが心にずっしりと響いてきます。
「人が死ぬと 俺は悲しい」(王士)
(「人間は滅亡に向かっている気がしてならない」と言う、知人の住職に対して、「たとえ人間(オレたち)が亡びる運命でも/まだ抗(あらが)うチャンスが残されてるってコトさ」
みさき速さんは、前表紙折り返しで、「愛する人を殺した殺人犯を、生かすも殺すもあなた次第だとしたら、あなたはどうしますか?」と、深い問いかけを向けています。即答できる人は、なかなかいないでしょう。
そして、最強で、荒生や王士に保護され、悩みはゼロと思われる流にさえも、みさき速さんは、容赦なく演出しています。
「(王士に)いつか好きだって言ってもらえるよーに!」がんばると言う流に対して、犯人の虐待を受けて負傷している王士は、(その日が-永遠に来なくても?)と、独白しています。流の衝動を必死で止めようとすることはできても、それゆえに、王士は恋愛感情を抱けないのだから、流は永遠に片思いをするしかありません。彼女はおバカでイラッとする言動が目立ちますが、切ないです。
きっと、「うーん、エグい。落ちこんでいる時に、読むべきじゃないかも」と思いながら、私は時々、この漫画を読んで、考えそうな気がします。命とは何か、どうして誰かを殺してはいけないのか。非常に深い問いかけのある漫画です。それでは。
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