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2010年9月 2日 (木)

『野獣』(横山光輝)の感想

 漫画『野獣』(横山光輝・講談社漫画文庫)の感想を申します。ネタバレがありますので、ご注意ください。
 初出誌が「週刊プレイボーイ」(小学館! いや、そのように表記されています)で、1970年1月から7月に刊行されていたそうです。初単行本(2008年4月11日 第一刷発行)で、解説はありませんが、巻末に全26回分の扉絵が縮小されていますけれども、すべて掲載されています。読みながら、私は何度も表紙に戻って、「横山光輝」の文字を確かめずにいられなかったほど、良くも悪くも、違和感のある作品です。その違和感の正体は、ぬぐい難い欠点があるからでしょうか、それとも、すばらしい個性を持つゆえでしょうか。

  主人公は、右頬に、縦に刻まれた大きな傷あとが特徴の、20代の青年、東大寺邦男(一応イケメン。ただし、やたら喫煙するので、煙草嫌いの私とは相性が悪そう)。彼が刑期を終えて出所してくる場面から、物語が始まります。東大寺は弟、田所という男と三人で組んで、5億円の密輸ダイヤモンドを強奪したために服役していたのですが、肝心のダイヤは隠されていたのでした。けれども、弟はすでに、東風会の三輪に殺され、田所も彼らによって焼き殺されてしまいます。
 ダイヤの行方はわからなくなったはずが、岩熊組が「関西にダイヤがある」との情報を持って、接触してきます。くわしい事情を調べるため、東大寺は、情婦(愛人って書きたい!)の美紀と一緒に、大阪へ向かいますが、右肩を狙撃されて負傷します。ホテルに滞在して治療を受けるうち、東大寺は、焼死したと思っていた田所が生きていて、関西の炎組と組んでいることを察知します。間もなくして、岩熊組が手の平を返して炎組と結託して東大寺抹殺を図りますが、逆に組員すべてが東大寺に射殺されます(東大寺は銃・拳銃を常に持ち歩いています)。
 東大寺は田所を追跡して、真のダイヤの隠し場所、瀬戸内海のカスミ島に行きます。そして、ダイヤが土から掘り出されるや、炎組の者と田所を射殺。5億のダイヤが入ったアタッシュケースを入手し、東大寺は意気揚々と島を去ろうとしますが、炎組、岩熊組が到着。東大寺は何人かを倒して、海上へ逃れるものの、彼らに追いつかれかけます。
そこへ、美紀がモーターボートでやって来ます。安堵して、東大寺が乗り移ろうとした瞬間、炎組に何発も銃弾を浴びせられました。東大寺はアタッシュケースを持ったまま、ダイヤもろともに海中深く沈みます。港では騒ぎを聞きつけた海上保安庁の船が、出航します。一人、無事に戻った美紀は砂浜を歩きながら、「私はダイヤなんて いらなかった あなたと一緒にくらせれば それで・・・・幸福だったの・・・・」と、悲しげにつぶやくのでした。

 さあ、まず悪いところから申しましょう。救いがないお話です。あらすじで省略しましたが、第1回からして、口封じのためにタクシーの運転手を射殺していますし、およそ300ページの間に何人死んだのか、わからないほどです。殺されるのは大半が暴力団員ですから、自業自得なのかもしれませんけれども、冷酷非情な「野獣」の東大寺に対して、命乞いをしたり、必死で逃げようとしたりしているのを、東大寺は撃ちます。しかも、ねらいは頭、胸などの致命箇所で、遠慮も容赦もしません。どうして、東大寺はそこまで冷酷になれるのか。そりゃあ、5億のダイヤは魅力的ですが、何が彼を駆り立てているのか。まあ、横山光輝作品の特徴とも言うべきでしょうが、そのような説明がまったくありません。だから、読み手は唖然として、読み進むことになります。
 そして、暴力団VS東大寺の戦いも、上記のとおり、東大寺が圧倒的に強いのですから、大半が「射殺されて終わり」になっており、その結末に行き着くまでの過程はいいとしても、ワンパターンともいえるでしょう。美紀はクラブのホステスで、時には自分の命を危険にさらすほど、東大寺に尽くしますが、同性として、どうしてこんな男に惚れるのか、さっぱりわかりません。まあ、惚れた弱みというか、それとも、東大寺と抱き合っているシーンもありましたから、彼とのセックスは抜群によかったということでしょうか。
 一方、『野獣』の魅力は、これは正統な、極道系ハードボイルド作品だということです。『週刊漫画ゴラク』を読んでいた時と、知人から暴力団関係者のお話を聞いた際、極道連中が思いのほか女々しい(この表現、すごくいやですが、適切なものがないので)ことに驚いたことがあります。彼ら、親兄弟、妻子、愛人には溺愛気味で、組長、アニキと、強いきずなを結んでいるのですよね。その強固な信頼関係が崩れた場合、恐ろしい報復が待っている、というのは、よく知られた展開です。しかし、大金が動く世界ならば、裏切りとだましこそ、日常茶飯事。「いつも命を危険にさらしている。→死にたくない。死ぬのは怖い。→孤独でいたくない。→自分の身内を大切にしよう」、このように発想して行動するのは当たり前でしょうが、あえて死の危険と孤独に身を置き、戦い続ける東大寺は、潔いアウトロー、正統な極道だと、私は思います。
 残念ながら、美紀との間に恋愛関係はあったのか、不明なのですよ。あらすじに書きませんでしたが、前半、美紀が東風会会長につかまり、「銃を捨てないと、この女の命はないぞ」と脅された際、東大寺はひるまずに二人にねらいをさだめます。そのため、逆に、会長が動転したところを、頭に一発撃って、とどめを刺します。美紀の、「わたしも殺すつもりだったの」という問いに、東大寺は答えません。けれども、やはり前半に、東風会に美紀が責められた時(あらすじ省略)、苦々しげな顔をしていましたし、最期の瞬間は彼女に語っていましたから、東大寺は美紀だけは特別に思っていただろうと、私は予測しています。・・・・情婦というより、仲間に近い接し方のようで、この作品はとことん、ハードでビターです。
 少なくとも、極道もの、ハードボイルド系が嫌いな方には、お勧めできないでしょう。巻末扉絵(小さいよぉ)を見ていますと、横山光輝さんの気合を感じます。ブロマイドかポスターのような描き方で、私がこの作品に持つ、最大の違和感は、東大寺のかっこよさだと思うのです。『野獣』はストーリーや謎解きでなく、東大寺という男の容姿、表情、生き様にこだわり抜いた、横山さんにしては珍しい、ビジュアル重視の作品ではないでしょうか。ただ、それならそれで、美紀の魅力、倒される暴力団員や組長にもこだわって欲しかったな、と思うのです。美紀の髪は白髪みたいに見えるし、ギャグキャラクターみたいな目の真ん丸い連中もいますから。東大寺の作画は気合、他のキャラクターは従来と同じ、だから違和感があるのでしょうかね。
『野獣』はなぜ、今まで単行本化されなかったのか、わからないのですが、ウィキペディア、漫画家名鑑などでは把握できない、横山光輝さんの作品の特徴・魅力を十二分に発揮していると思います。もちろん、オンラインやオフラインの、従来の解説書や研究書が偽りだと申していません。しかしながら、代表作はいくつか挙げられても、たとえば、「ハードボイルド系漫画家 横山光輝」などと、簡単にひとくくりにできないのです。いや、ひとくくりにするなんて、もったいない気がします。メジャーでありながら、作品の真の魅力が、「読んで作品に没入してこそ、体感できる」というのは、めったにない個性ではないでしょうか。
 脱線しましたが、私は結論として、『野獣』は横山光輝さんには珍しい、ビジュアル重視作品といたします。東大寺のビジュアルを通して、殺伐としたアウトローの世界を描かれていますね。漫画家志望の方は、いくつかのシーンを模写すれば、とてもクールなヒーローが描けるようになれると思います。私としては、東大寺の台詞のように、「フフフ お前に惚れ直したぜ」というところですね。これからも、また別の作品をレビューしていきますよ。それでは。

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