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2011年1月 5日 (水)

『時の行者』(横山光輝)の感想

 漫画『時の行者』(横山光輝・講談社漫画文庫)全3巻の感想を申します。ネタバレがありますので、ご注意ください。

 これは織田信長の治世から、江戸時代(初期か中期か、不勉強ゆえに不明。最終作は、3巻の「第19章宝暦の百姓一揆」)にかけて、権力者、あるいは大事件に関わってくる、謎の長髪の美少年(ヨシ!)の活躍を描いた、短編集です。少年の名前は淳(ジュン。原作ではこのルビ)。未来を正確に予知し、光線銃や磁気網(バリヤー)を使用するゆえ、読者にはすぐ未来人だと察知できますが、当時の人々は神仏の化身とあがめます。彼は名乗らず、「時の行者と呼んでもらおう」と告げて、去っていくわけですが、彼の目的は何か?
 要するに、中巻14章で彼のいる世界が判明し、下巻18章と19章で、時の行者の名前、目的がわかります。淳は、過去の世界にさかのぼって、歴史を変えようと試みる、彼女? パートナー? の理沙(リサ)を捜しているのでした。なぜなら、二人のいる世界は大戦争が起きて、人々は死に絶え、見渡すばかりの砂漠だというのに、自動戦闘システムだけが生きていて、二人を命の危険にさらしているからです。淳は様々な事件と人々に邂逅し、「歴史の流れは変えられないが、未来は変えられる」ということを感じ入り、再び過去へ行かず、二人のいるべき世界に戻ったわけです。
 例によって、先に、いただけない点を申しましょう。タイムトラベルなどのSF設定に、時代物をプラスしたのは斬新でいいと思います。が、それがうまく融合したのかというと、どっちつかずになってしまったのではないでしょうか。時代物はともかく、淳や理沙のタイムトラベル設定、二人の歴史改変のやり方には、もっと説明が必要なのでは? 淳も理沙も、過去の人々に、未来を予言していますが、徹底的に歴史を変えるならば、それこそ、織田信長(第1章なぞの少年)、駿河大納言忠長(第5章駿河大納言忠長)を暗殺すればいいでしょう。なのに、そうしなかったのは、タイムトラベルの機器や武器にリミッターがかかっていたからなのでしょうか? もう一つ、淳や理沙に関する説明が遅すぎ。私は、『不思議な少年』(山下和実)みたいに、終始一貫、淳が謎の少年でいて欲しかったですね。
 よい点は、日本史が苦手な方、戦国時代から江戸時代の主要な事件を知りたい方々にお勧めです。織田信長、徳川歴代将軍、市井の人々と、非常に生き生きと描かれており、小難しい歴史書よりも、すうっと、頭に入ってくれ、楽しめます。お話によっては、淳は主人公というより、狂言回しになっています。
 ところで、日本史バカの私は、徳川家は将軍の位をめぐる争いを除けば、がっちりと団結しているものと思っていましたが・・・・尾張の徳川宗春は、八大将軍吉宗に批判的だったのですか(第17章 吉宗と宗春)! 現在の、名古屋で行なわれている、政治改革運動を連想しましたね。『伊賀の影丸』では悪役だったはずの由井正雪(第8章 由井正雪)は、私好みの目つきの鋭い、超イケメンですし! しかも、淳から乱の失敗を予言されても、従容と受け入れて自刃するあたり、非常にりりしく思われます。逆に、淳は下手をすると、存在感が薄いどころか、横山光輝作品歴代主人公の中でも、最弱かもしれませぬ。食あたりに苦しむ(第3章 豊臣家の滅亡)、由井正雪の催眠術にかかる(第8章 由井正雪)、2回ほど水責めなど拷問も受けていますから(ごめんなさい、苦しむ表情がエロいと思いました)!
 私にとってもっとも印象的なお話は、中巻「第11章 火付盗賊改め」です。鬼勘解由と恐れられる、中山勘解由(なかやま かげゆ)の息子、助六郎は、微罪であれ斬首にする、父のやり方に疑問を感じていました。ところが、情けをかけて逃がしてやった男が、親しくしていた少女を暴行して殺したため、助六郎はその男を切り捨てて断罪し、父のあとを継ごうと決心する、というもの。中山勘解由の、「疑わしき者は罰する」「悪を行なうことが割に合わないことだと 思い知らせる」という価値観が、江戸中に広まっていた、放火強盗を取り締まるためであることに考えさせられました。助六郎の視点からですから、中山勘解由は批判的に表現されていますが、横山光輝さんは彼が気に入ったのか、『火盗斬風録』という短編では主人公として、さらにシビアにハードに描かれています(また後日にレビューします)。淳の拷問のことを申しましたが、第6章『島原の乱』では、凄惨なキリシタン迫害の場面もありますので、悲惨・激痛系が苦手な方はご注意ください。全体を通じて感じるのは、江戸時代というのは鎖国をしていても、とてもアクティブで魅力的な世界だったということです。それを認識してもらえたのだから、やはり、『時の行者』は良作だと言えるでしょう。ちなみに、下巻の解説はマンガ評論家でコミックマーケット代表だった、故米沢嘉博さんです。多くのSF漫画タイトルが引用されており、読み応えがありました。それでは。

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コメント

 こんにちは。
 私も横山先生の作品がスキです。
 三国志・項羽と劉邦等沢山読みました。
 時の行者は中下しか読んでいません。

 内容は面白かったのですが、個人的には未来をかえるラストが良かったです。
 これってクロノトリガーとかドラゴンボール見てる影響なんでしょうかね。

 それではこれからよろしくお願いします。

投稿: ゆうくん | 2012年1月 9日 (月) 15時15分

コメント、ありがとうございました。
そして、体調不良と別件のお仕事でヘタレていて、お返しが遅くなってすみません。
歴史漫画は、まさに横山光輝作品の醍醐味ですね。ちょっと、うらやましくなります。
上巻は、ぜひ手にとってみてください。お勧めですよ。
それから、挙げられていた漫画について、私はほとんど知らなくて恐縮です。
機会があれば、読んでみますね。

投稿: 紅林真緒 | 2012年1月15日 (日) 23時48分

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