『れくいえむ』(郷静子・文春文庫)の感想
明けましておめでとうございます。小説『れくいえむ』(郷静子・文春文庫)の感想を申します。
しかしながら、この小説は、一見、改行が少なくて読みにくそうなところが、結構損をしていますね。さらに、死病に侵されて、余命わずかな節子の、記憶の数々をたどっていくというストーリーの流れゆえ、時系列が飛び飛びになっているため、一読した限りではわかりにくいかもしれません。それでも、なぜか、『れくいえむ』には、戦争のむごさを語るだけではない、透明で美しい魅力があります。
節子の思い出のいくつかは、愛らしいユーモアや、みずみずしい恋のときめきに満ちあふれ、実にうらやましくも、ほほ笑ましいものだからなのでしょうね。取り分け、沢辺惇という学生との、明らかに相思相愛でありながらも、互いの思いを口に出さずに、ひたすら思いやっている様子は実に美しい。
さらに、読書を通じて知り合った、丹羽なおみと交換日記のようなことをしているのですが、これもなかなかおもしろいです。丹羽家は、父親が当時の社会情勢に都合が悪い学説を発表して、それを撤回しなかったために投獄されてしまった、節子とは正反対の非国民の一家です。が、なおみは空襲の際に逃げもせず、獄死した父の骨壺と遺品の蔵書類もろともに、母と一緒に焼死しました。なおみが節子にあてた最後の文章は、今読んでも泣かせる内容です。
真面目な軍国少女たらんと、懸命に生きてきた節子ですが、なおみを失い、空襲で父が行方不明になった後、互いに励まし合ってきた母が撃たれて死亡した時には、激しく慟哭します。この頃にはもう、節子は戦争が当初喧伝されていたような美しいものではないと、察知していたのですが、時すでに遅く、体の不調を隠して軍需工場で働き続けたために、手遅れの状態になっていたのでした。終戦を迎え、一人ぼっちになった彼女にとって、救いとなるのは、病気の快復ではなく、大切な家族や愛しい人達が待っていてくれる、あの世でしかないというのは、何とも痛ましい。
この瞬間にも死ぬかもしれない戦争のただなかにあるのも、壮絶な苦しみでしょうが、日常生活において、家族の無事を祈ってひたすら待っているのに、いつまでたっても現われなかったり、戦死の知らせであったりしては、残された者は胸が張り裂けそうな思いになるでしょう。その意味で、何年たとうと、戦争のことは忘れてはいけないし、賛美してはならないものだと思います。
先日、この作者はお亡くなりになったそうで、ご冥福をお祈りします。それでは。
真面目な軍国少女たらんと、懸命に生きてきた節子ですが、なおみを失い、空襲で父が行方不明になった後、互いに励まし合ってきた母が撃たれて死亡した時には、激しく慟哭します。この頃にはもう、節子は戦争が当初喧伝されていたような美しいものではないと、察知していたのですが、時すでに遅く、体の不調を隠して軍需工場で働き続けたために、手遅れの状態になっていたのでした。終戦を迎え、一人ぼっちになった彼女にとって、救いとなるのは、病気の快復ではなく、大切な家族や愛しい人達が待っていてくれる、あの世でしかないというのは、何とも痛ましい。
この瞬間にも死ぬかもしれない戦争のただなかにあるのも、壮絶な苦しみでしょうが、日常生活において、家族の無事を祈ってひたすら待っているのに、いつまでたっても現われなかったり、戦死の知らせであったりしては、残された者は胸が張り裂けそうな思いになるでしょう。その意味で、何年たとうと、戦争のことは忘れてはいけないし、賛美してはならないものだと思います。
先日、この作者はお亡くなりになったそうで、ご冥福をお祈りします。それでは。
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