『狂人関係』全3巻(上村一夫・集英社)の感想
漫画文庫『狂人関係』全3巻(上村一夫・集英社)の感想を申します。いくつかのネタバレが含まれていますので、ご注意ください。
発行はホーム社で、単行本未収録作品を加えた完全版だそうです。
お話のメインの登場人物は、葛飾北斎(!)とその末娘で、いわゆる出戻りのお栄、北斎宅に出入りしている、枕絵師の捨八。お栄は捨八に思いを寄せていますが、後に、八百屋の娘お七に彼がちょっかいをかけたことで、面倒な関係になります。北斎は自らの老いと、安藤広重のような優れた才能に焦り、滝沢馬琴に同情し、捨八と下ネタに興じながらも、取り憑かれたように創作に励みます。内縁関係だったお七と捨八でしたが、お七は自らの激しい情念の赴くまま、火付けを行ない、獄門に処されます。父親の気まぐれに翻弄される、お栄でしたが、北斎の死後、思い立って、捨八と関係します。しかし、体の不調を感じたお栄は不安に駆られ、捨八に、すすきの野原が見たいと告げ、二人で出かけるのでした。
物悲しいラストは、ちょっと申し上げられません。もしかしたら、「私がお栄だったら、そうしない」と、考えられる方もいるでしょう。
ただ、マイナス点を挙げますと、捨八はお栄にお七と、モテモテ状態なのですが、私にはこいつの(!)どこがいいのか、よくわかりません。悪気はなく、考え方が幼いとは思いますが、虫歯やインキンといったリアルな描写があって、やっぱりヤダ! 母性本能が強い女性には、こういう手のかかる男は、ほっとけないということでしょうか。
参巻には、「雲古譚」という、お下劣ネタがありますし、北斎はわがままですし、お七は過剰にエロくて、いわゆる、やりまくりだし、滝沢馬琴に蔦谷重三郎と、読んでいると、やり切れないような気分になります。なのに、北斎は創作をあきらめず、お七は炎の魅力に憑かれて、死の瞬間を心待ちにするし、だらしない捨八が真っ当に感じられてしまうほどです。
紹介すると長くなるので、省略しましたが、有能な絵師達を見出しはしたものの、自身の文才はさえなかった、蔦谷重三郎など、その最期も含めて、ひどく痛ましく思いました。
加えて、鮭の切り身(焼き鮭?)、夜鷹蕎麦の描写が、とてもおいしそうに見えます。どうしようもない絵師や戯作者達が、美と表現の魔力に狂って、人生をすり減らしていく、愚かしくも悲しいお話です。お七は人生そのものが、芸術かもしれませぬ。お勧めいたします。それでは。
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