『フーテン』(永島慎二・ちくま文庫)の感想
コミック『フーテン』(永島慎二・ちくま文庫)の感想を申します。ネタバレが含まれていますので、ご注意ください。
電子辞書で調べたところ、タイトルのフーテンとは、本来の意味ではなく、1960年代後半に、新宿方面でたむろしていた若い人々のことだそうです。
主人公というか、狂言回し的立場の人物は、児童漫画家の長暇貧治、通称ダンさん。要するに、作者様本人ですね。
その長暇氏は、漫画のネタに詰まったり、あるいは、単にムシャクシャしていたりと、何かと口実をつけては、新宿へ行き、集まっている、顔見知り、または初対面の若い人々と交流し、彼ら彼女らの生き方や悩みに触れ、という物語です。
「第一部 春の章」「第二部 夏の章」「第三部 秋の章」と、分かれていますが、どの短編から読んでも、混乱することはないでしょう。
描かれているのは、世間や自分に絶望していないし、無気力でもない。何かの情熱と、幸せになりたい、恋がしたいといった熱望を持ちながらも、どのようにしてよいか、何を始めればよいか、自分自身を持て余したまま、酒や薬を飲んで、仲間と話したり、あるいは、ただ肩を寄せ合っていたり……といった流れが大半であるように思われます。
成功体験は、ほぼありません。かといって、身も心もボロボロになって、一人、去っていくというような、救いのない筋でもなく、挫折、焦り、情熱が空回りしている結果ゆえの徒労感といった、当時の若者達の気持ち、雰囲気がよく描かれていると、私は思います。
恐らく、若者の内面をここまでリアルに表現している作品は、この作者様にしか描かれていないのではないでしょうか。
反面、やはり、当時の価値観についていけないものも、私は感じます。
たとえば、当たり前ですが、様々なものの価格ですね。
それから、皆、気軽に薬を服用し、喫煙するのが、ちと受け入れられません。そんなものにお金と時間を使うくらいなら、本の一冊でも買えばよいのに。
「人は一人ではない、生きていけない」とは、歌謡曲でよく聞くフレーズですが、フーテン達は斜に構えて気取ったことを言う割に、寄り集まるのですよね。
せっかく、一般社会からドロップアウトしているのだから、そういう貴重な機会を生かすべく、一人きりになって、自分自身を見直す、ふり返ってみてもいいのにと、私は思ってしまいました。
この中で、私が一番いいなと思ったのは、「第二部 夏の章 No.6」の、青年ダイのお話です。ダイは、上京してきたばかりらしい? 円(まどか)と知り合って親密になりますが、バーテンとして働き始めた、勤め先のバーのママとも男女の関係に。しかし、ママは突然、ダイとの関係を清算してしまい、というストーリーです。
この作者様にしては珍しく? 肉感的な描写が多めです。ソフトながらも、三角関係が描かれていますし。女心は複雑にして、読みにくいということでしょう。
漫画の表現や心理描写、当時の空気感などのリアルさを知ってみたい方にお勧めです。それでは。
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