『零戦少年』(葛西りいち・秋田書店)の感想
コミック『零戦少年』(葛西りいち・秋田書店)の感想を申します。ネタバレが含まれていますので、ご注意ください。
この漫画は、太平洋戦争体験系作品として、かなりの傑作だと、私は思います。以前にレビューした、『この世界の片隅に』と対角線上をなす、零戦操縦士ならぬ特攻するはずだった少年の、痛切な青春物語です。
大学受験に失敗した作者様が、大分でコンビニを経営する祖父の安男氏の元へ転がりこみ、零戦に乗っていた頃のことを聞き、十三年後にその体験談を漫画化したというもの。
通常なら、私は主人公を呼び捨てにしますが、実在された方ですので、今回は安男氏と書かせていただきます。
あらすじとしては、農家の十一人兄弟の末っ子として生まれた安男氏は、ひたすら成り上がるため、零戦パイロットを目指します。海軍の予科練に合格、入学し、出水航空隊へ配属されるうち、コテコテの大阪人で先輩格の逢坂広、リーダーとなる清水茂と知り合い、三人で隊を組むことに。
三人が厚木、千歳と異動し、昇格していくのと裏腹に、日本の戦況は急激に悪化。偵察に行ったサイパンとテニアンは米軍に制圧され、北方では仲間が撃墜され、フィリピンではついに、特攻命令が。予科練の知人で臆病者だった寺岡が、真っ先に志願して戦死。安男氏はマラリアにかかって寝ついた時、逢坂、清水が特攻へ。生き残った安男氏は帰国し、茂原でB29相手に戦うことに。けれども、東京大空襲は間に合わず、「絶対に次の出撃(特攻)で死ぬ」と、決心した安男氏ですが、敵機を見つけられないまま、空しく帰還。そうやって、玉音放送の後、涙にむせ返るのでした。
それでは、まず、いただけない点から挙げますね。
1.良くも悪くも、かわいくてギャグタッチの絵。
四コマ漫画風というのでしょうか。内容の重厚さ、深刻さに反比例しており、特に前半は、不謹慎な戦争コメディか? と、誤解されそうです。実際、私もそうでした。零戦コクピットの構造と登場人物の体格との比例も、あれ? という部分があり、かわいい絵柄とのミスマッチは、個性ともいえるのでしょうけれども。
2.少しだけですが、下ネタっぽい描写があります。
ふんどしや、いわゆる、かっこ悪い姿ですね。
しかし、いいところは、これらをずっと上回っています。
1.きっちりと、伏線が回収されており、どんな人物、小物も目立っています。
たとえば、安男氏の母。彼女は顔さえ見せませんが、末っ子の暗い未来を暗示しているかのようです。
ラストのコマで、作者様がつついていた置物にすら、ちゃんと意味があります。
2.それぞれ立場も生き方も異なる登場人物達の、強烈なインパクト。
「殺すのも死ぬのもイヤ」と、言っていた寺岡。「あんなもの犬死にや 俺は絶対行かん/アフリカまで逃げたるわ」と、断言した逢坂。家族を何よりも大切にしていた清水。彼らは結局、特攻に向かい、二度と帰ってきませんでした。
巻末近くで、漫画家になった作者様は、「でもね身勝手にも思うの/戦争がいいとか悪いとか バカな私にはよくわからないけど(中略)」と、モノローグで述べておられ、「こうあるべきだ!」という、押しつけがましさがない分、自然で素直な心情だなと、私は思いました。
だから、このお話では、最大の謎、寺岡、逢坂、清水の特攻理由について、解き明かしておられません。加えて、彼らが戦死した後、出世欲のかたまりだったはずの安男氏が、ひたすら特攻して死ぬことを願うようになった、心情変化も。におわせという風で、読んだ方々で考えていただくという形になっています。
ゆえに、この漫画は非常に重い読後感を残します。が、不思議と暗くはないのです。作者様のモノローグが、ちゃんと救いとなっています。
ただ、安男氏の気持ちにズームすると、残念ながら……と、私は思えて仕方がありません。本当に安堵できたのは、いわゆる死後の世界に行って、寺岡、逢坂、清水と再会できた時ではないでしょうか。
戦友との死別の悲しみ、悔恨と自責の念にとらわれながら、ひたすら戦後を生き抜けておられたのだと思います。あの戦争で亡くなられた方々、ご冥福をお祈りいたします。本当に、名作であり、お勧めいたします。それでは。
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