『闇の顔』(横山光輝)の感想
中編および短編の漫画集『闇の顔』(横山光輝・講談社漫画文庫)の感想を申します。ネタバレがありますので、ご注意ください。
『闇の顔』は表題作(別冊少年マガジン1969年4月号)の他、『黄金墓場』(週刊少年マガジン 1969年第25号)、『偽りの偶像(チャンピオン)』(現代コミック 1970年第1〜3号)、ぶっそうな奴ら(週刊プレイボーイ 1969年6月3日号〜8月15日号)、偏愛(ファニー 1969年8月号)と、5つの漫画が収録されています。少年漫画雑誌に掲載されたものもありますが、全体的にビターで大人向け、ニヒリズムをただよわせた雰囲気です。
まず、『闇の顔』、これははっきり申して、横山光輝さんによる別の中編漫画、『白髪鬼』(後日、感想を投稿します)を、さらにアレンジしたものですね。主人公がわなにかかって暗黒の洞穴に閉じこめられ、そのショックで、若々しい青年から、白髪の醜悪な形相に変貌したこと、主人公が復讐をくわだてて成功すること、真の黒幕が発狂してしまうことなど、似ている点が多くて、読みながら、ちょいとがっかり。けれども、こちらは敬愛する兄が非業の死を遂げた原因をさぐるうちに、政界の大物が関わっているとわかって・・・・と、サスペンス風味の強い作品になっています。黒幕のみならず、主人公の江崎猛も一時的に発狂してしまったり、ボディーガードをわなにかけて殺したりと、ストレートな残忍さは、まさっているかも。全体の雰囲気は、横溝正史か赤江瀑の小説のように感じられました。
『黄金墓場』は、海上での父の死の謎を追って、青年が怪しげな人々とともに航海に出発し、苦難の果てに、無数の黄金が眠る海底に到着しますが、欲に取り憑かれた人々は自滅し、主人公とオーナーの女性しか生き残らなかった、というお話。一般うけしそうにない、シビアなストーリーですが、宝をめぐって罵倒し、争い合う様子はリアルです。少年漫画雑誌に掲載されていたのには、驚きますね。
『偽りの偶像(チャンピオン)』、すぐれた新人キックボクサーの田湖原は、会長に目をかけられるや、一躍スターダムにのし上がり、心優しい恋人、由美を捨てて、バラの花のような梅原悦子まで得ます。しかし、チャンピオンの座を明け渡せとの会長の指示に、猛反対した途端、元チャンピオンからの猛攻を受け、「作られたチャンピオンではない」と、必死に自らを鼓舞するものの、不様に敗北してしまう、というもの。これもビターで、甘さのかけらもないお話です。このような華やかな人気優先の世界では、「偽りのチャンピオン」は、実際に作られているのかもしれません。ところで、主人公の名が健児、彼女が由美というのは、『セカンドマン』に似ていますね。
『ぶっそうな奴ら』、セクシーで美人のマリを中心に、天才ドライバー、殺し屋、金庫破りといったプロが集合し、5億円の現金輸送車強奪をたくらみますが、予期せぬ大雨によって、輸送車は谷底へ落ちて焼けてしまい、彼らは空しく、ばらばらに引き上げていった、というもの。『ルパン3世』みたいな、お色気満点の大人向けの漫画をねらったのでしょうか。マリは明らかに、峰不二子っぽいですからね。でも、ラストの呆気なさと、マリの魅力が今一歩のため、物足りない感じがします。やはり、横山光輝さんは、現代風の女性を描くのが苦手だったのかも。私としては、、女性の髪の毛の色や質感(金髪、黒髪、茶色っぽい、癖毛、ストレート、やわらかい、つやなど)にこだわってほしかったな、と思います。
『偏愛』ある金持ちの家の元使用人だった老婆、かねは、幼い頃から世話をしていた、美しいお嬢様(現在は、ある学者の奥様)の家を訪れます。実は、お嬢様はいじめっ子、父親、前の夫と、自分の嫌いな者を秘かに殺す恐ろしい性格。かねは以前のように、お嬢様と夫にお茶を用意しますが、自分がそれを飲むなり、絶命しました。お嬢様は、子供時代から、かねに以上に執着されており、今も念のため、夫とかねのカップを入れ替えておいたら、こうなった、と語るのでした。
わずか16ページながら、見事などんでん返しです。珍しく、男性達は脇役で、かねとお嬢様の二人劇を見ているようでした。告白者は善良でなく、真犯人だというのは、クリスティの小説にあったのではないでしょうか。
それでは、また別の作品集を取り挙げます。
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